【狂犬病】命の危機に晒された一人旅女子
右腕が、ジンジンする。
昨日と、一昨日は、左肩に注射を打って貰ったのだが、腕の重みと痛みが不快で、今日は右肩に打ってもらう事にした。
『明日は、どっちに打って貰おう。』
なんて考えながら、昨日散歩しながら見つけた、サウナに向かった。
時折、頭が重く、痛む。
高山病の症状だろうか。
世界一、標高の高い場所にある街だ。
(世界遺産のセロリコ鉱山が、街から一望出来る)
富士山より高い場所での生活は、私にとっては、気軽では無い。
日本は梅雨入りした頃だろう。
南米は、冬真っ只中で、標高の高いこの街は、特に寒い。
泊まっている宿のドミトリー(相部屋)には、体調が悪そうな旅人がちらほら。
私は、サウナで温まり、少しでも免疫力を上げたかった。
道端で寝ている犬に、注意を払う。
近寄って来る犬に対して、敏感に反応してしまう。
初めて海外に出てから今まで、海外の犬に対して、恐怖を感じる事など、ほとんど無かったのに。
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5月に入ってすぐ、ある昼間の出来事だった。
(山の麓で、ゴミ山を漁る豚)
世界遺産のセロリコ鉱山。
この鉱山は、奴隷による激しい労働が問題になった歴史もあり、多くの犠牲者が出ている。(推定約800万人)
その山の近くまで来ると、隣の山の頂上に、十字架が見える。
山から降りてくる人々に声を掛けると、「20分で登れるよ」と言われた。
私は、その山を登り始めた。
登っている途中、採掘の為に作業をしている鉱夫を数人、見かけた。
彼らは私に、陽気に声を掛けた。
そこでは、女性も働いていた。
私は、作業の見学や、手伝いをさせて貰った。
穴の奥は、アリの巣の様に右往左往に広がっていて、外の気温より少しあたたかかった。
岩を削ったり、運ぶ時に出る、砂埃が目に入る。
時には吸い込み、むせてしまう。
中々、劣悪な環境だ。
作業服を着て、ヘルメットとライトを頭に装着し、長靴を履いて、手袋をして作業をするのが、通常。
しかし、私に声を掛けてくれた優しいお父さんは、素手で作業をしていた。
「手袋は嫌いなんだよ」
「美しいだろう」
そう言って、採れた石を渡された。
お父さんの目はキラキラしていた。
危険な現場を少しだが体験し、心配する私の気持ちとは裏腹に、彼らは仕事に誇りを持っていた。
暗い過去も、多くの犠牲者も、
彼らにとっては忘れられない事のはず。
しかし、それを超える程の何かが、
この仕事を続けさせるのだろう。
とても親切にしてくれた、作業員の方々に御礼を言い、その場を立ち去ろうとすると。
「モネダ」
お金を求められた。
海外ではよくある事だ。
仲良くなった(と感じた)分、少し、残念な気持ちはするのだが、貴重な体験をさせて貰った御礼はしたい。
大きな金額のお札と、小銭しか持っていなかったので、小銭をありったけ渡した。
ハグをして、笑顔でお別れだ。
登山の途中だったので、さて、頂上へ行こうと見上げたのだが、どうも、そこまでの道が見当たらない。
危険な道しか無さそうだったので、私は登山を諦め、さっき車が通っていた道を戻り、下ろうと歩き出した。
その時だ。
「ワンワン!!!ワンワン!!!」
犬が私に吠えた。
そんな事はよくあったし、吠える犬ほど、近付いて来なかったりする事が多かったので、油断していた。
10メートル程先の右側には、5.6匹の野良犬。
吠えては来るが、道は一本しか無いので、進むしかない。
なるべく左に寄って歩く。
「ワンワンワンワン!ワンワン!」
ー気付いたら、2匹の野良犬が傍にいて、私の右腕と右足を咬んでいたー
本当に、気付いた時には咬まれていた。
ー記憶が飛んでいるー
ショックで、何が起きたのか、一瞬分からなかった。
倒れ、叫ぶ私の声を聞いて、おばさんが、犬を追い払いに来てくれた。
おばさんは、犬に、石を投げて追い払った後、すぐに去り、遠くから私を見ていた。
(このおばさんがいなかったら、どうなっていたのだろう、、本当に感謝だ)
動こうとするも、
足がすくんで、動けない。
見ると、ズボンは破けている。
しっかりと犬の歯が足に、食い込んだ跡があり、血が出ていた。
早く、病院行かなきゃ、、。
気合いで立ち、歩き進めるが、更に前には、別の犬が立ちはだかる。
ー恐怖だー
道を逸れ、岩場を滑り降りた。
通りすがりの車に、止まって欲しい事を手を振り伝える。
すぐに、病院に連れて行ってくれた。
ホッとして、涙が溢れた。
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それから、メキシコを旅して、11月末に一時帰国。
2月頭から、南米に入った訳だが、少しはスペイン語に慣れていた時で、良かった。
必要最低限の単語や、よく使う文法くらいしか話せなかったが、ある程度会話として成り立つ時もあった。
「旅に言語は関係ない。英語が話せなくても旅をしてる人は沢山いる」
事実、そうだった。
私も、コミュニケーションは、言葉だけじゃない。笑顔、ジェスチャー、絵、どうにでも伝えられると思っていた。
しかし、現地の言葉を知れば、旅はさらに楽しくなる。
そして、トラブルや事故に遭った時、少しでも現地の言葉を話せた方がいいのは、明確だ。
私はこの時、言語の大切さを改めて感じた。
犬に、咬まれた事。
いつ咬まれたのか。
どこで咬まれたのか。
私は果たして、大丈夫なのか?
少しでも、聞き取り、伝えられた事により、きちんと処置されたのだと思うと、安心出来た。
もし、スペイン語がさっぱりわからなかったら、どんな処置をされていたのかと思うと、恐ろしい。
幸い、ボリビアは、狂犬病の対策に、力を入れている国だ。
そして、ワクチンが常備された街での出来事だった。ツイてる。
(とは言え、日本の高い医療水準に慣れている私は、ボリビアの医療に不安感があったのは否めない)
一軒目の病院では消毒のみ。
そこで紹介された病院に移動したが、そこにはワクチンが無かった。
その次に行った保健所らしき場所で、やっと注射を打って貰えた。
注射器は、薬局で自分で買った。
一緒に、化膿止めも購入した方が良いとの事。
注射器は、10本で150円。
化膿止めは、10日分で600円だった。
安いと感じると思う。
しかし、もしこれが物価の高い国だったらー。
保険の大切さも、改めてひしひしと感じる。
(今までも、想定外の事が起きて病院に行く事はよくあった)
※ボリビアでは、犬に、飼い主がいる事が明確な場合、治療費は飼い主負担の様です。
(現在、毎日打って貰っている、ワクチン)
命はお金で、取り戻せない。
同じ様に、旅をしていて亡くなった方々の事や、海外で犬に咬まれ、日本で狂犬病を発症し亡くなった方々の事を考えていた。
実際、犬に咬まれた旅仲間もいるし、
犬に、追いかけられた友達の話も聞いた事がある。
それは、身近なはずだった。
しかし、どこかで他人事と思っていたのだろう。
犬に咬まれるなんて、滅多に無いだろう。
そう思っていた。
まさか、自分が、狂犬病によって、命の危機に晒されるとは、思っていなかった。
想像力には限界がある。
自分の身に命の危険が降りかからなければ、命の大切さは、きちんと実感出来ないのかもしれない。
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注射を、あと4日連続でワクチンを打って貰ったら、移動する予定だ。
咬まれてから連続で7日と、10日後、20日後、30日後と、帰国してからも注射を打たなければならない。
(ポトシの場合。他の国では違う事もある。私が狂犬病の予防接種を受けたのは5年前)
しかし、何度注射を打とうが、痛かろうが、命には替えられない。
死は必然で、そこには必ず、意味や、遺された人々へのメッセージが内包されていると思っている。(そう思わなければ、乗り越えられない)
悲しいが、悔しいが、前を向くしかない。日常に、戻るしかない。
いくら嘆いても、
命は、還ってこない。
だから、やっぱり、悔いの無い日々を送ろうと、強く思った。
まだ、死ねない。
注射を打ちに行かなければ、狂犬病を発症して、死んでいたかもしれない。
(咬んだ犬が狂犬病かどうかは分からないが、突然、訳もなく咬む犬は可能性が高いようだ。そして、狂犬病は発症すると100%助からない。最も致死率が高い病気として、エイズと共にギネス記録にもなっている)
私はまだ、遣り残した事が沢山ある事に気付いた。
「死ぬかもしれない。死にたくない。」
腕の痛みが、足の痛みが、それを感じさせてくれた。
人はいつも、死と隣り合わせだ。
それはいつ来るか、分からない。
ただ、普段、平和な時は気付かない。
当たり前だと感じるからだ。
死を意識した時に、「生きたい」と言う欲が出て、何かをしたいと行動する。
死の持つパワーは凄まじい。
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「人を喰う山」
そう呼ばれる山の麓にいた事を、後から知った。
私が助かった日に、日本でも、世界でも、亡くなった方々が大勢いる。
旅をしていて、いくらでも、危険なシチュエーションはあったが、私はこうしてまだ生きていられる。
自分の人生に意味を持つ為に、必然的な出来事が、人生では度々起こる。
今回の出来事に、ネガティブな感情は、全く無い。
咬まれて良かったと思えるのは、この経験が、役立つ時が来ると信じてるから。
まだまだ、人生の仕事が、終わっていない。
「大丈夫よ」
看護師さんの言葉は、安心をくれた。
さて、今日は何をして、生きよう。
(咬まれて2日。痛みも引いてきた)
※大袈裟なタイトルで、心配させた方すみません。私は元気です。狂犬病は犬以外に、キツネや猫やハムスター、リスなど、哺乳類同士で感染します。海外に行く際は、気を付けて下さい。予防接種も、保険も、とても大切です。